Bruno Pelletier Japon : アジア初ソロコンサート・レポート (2)

アジア初ソロコンサート・レポート (2)

~ブリュノ・ペルティエ アジア初ソロコンサート・レポート (2)~

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ブリュノのコンサートは他国でのツアーでも、基本的にはケベックと同じ内容です。
しかし今回大きく違ったのは、あまり観客に歌わせなかった、ということ(笑)。
「カテドラル」のリフレイン部分や「ラ・マニック」のラストを
観客に歌わせることは、ケベックでならほぼ必至。

ブリュノはきっと、「人と触れ合う」ということがとても好きな人なのです。
その歌声だけで、彼は観客を圧倒してしまえる。
でも、そういう一方通行のショーでは彼自身寂しいのでしょう。
皆が歌を歌うことで味わえる一体感。
コンサートで時折、ブリュノは観客にはっきり耳を傾けます。
その存在を体で感じていたいのでしょう。

でも、「カテドラル」や「ラ・マニック」を
韓国の観客がきちんと歌えるかどうかはわからない・・・という判断からか、
この2曲ともにブリュノはフル・バージョンで歌い、
その代わりにビートルズの代表曲2つで観客に参加依頼。

「Let It Be」は有名なリフレイン部分を歌うように自然に促し、
「Imagine」は曲が始まる前に通訳さんを通じて
自分が両手を広げたら「フ・フ~♪」と歌うよう客席に依頼。

そんなの入れるとこあったっけ?と思っていたら、
Imagine all the people living for today...
の後など、ちょこちょこ「フ・フ~♪」パートがあり、
彼の手を広げるしぐさもあって、観客は無理のない形で参加でき、
そしてブリュノの歌もしっかり堪能できました。


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「平和の殿堂」のロビー。上部に「平和」「殿堂」の漢字が見えます。
ご覧のように大きなブリュノの垂れ幕があり(写真部分だけで2m以上)、
「ブリュノとツーショ」写真撮影会場状態 (特にコンサート後は混雑!)



さて「ラ・マニック La Manic」は、
既にケベックの名曲だったものをブリュノが歌い、
作者のジョルジュ・ドールが生前「君が歌ってくれてよかった」と
ブリュノに言ってくれたというほど、ブリュノの声にぴったりな曲。

La Manicとは、ケベック北部の恐ろしく僻地に建設されたダムの名前。
その建造のためにモントリオールから遠く離れて働く男が
故郷に残してきた恋人を想って歌う歌。(CD「Sur scène」に収録)

ラストの部分はいつも観客に歌わせているのですが、
今回ブリュノは完璧に素晴らしく全部歌いあげてくれました。
コンサートではほぼ毎回入るこの歌を私は10年以上聞いてきていますが、
もしかしたら、このフルバージョンを生で聞いたのは初めてかもしれません。


どのCDにも入っていない「The Rose」は、「Purple Rain」を一部合わせた
ブリュノのオリジナル版のとても素敵なバラード。
ケベックでは一部観客に歌わせていましたが、ソウルではこれもフルバージョン。



2月にケベックに行って初めて生で聞いたのですが、
今回はフルバージョンで聞けてさらに嬉しかったです。

ブリュノ、その観客の上手な巻き込みかたはすごいし楽しいけれど、
ファンとしては、あなたが全部歌ってくれるものをやっぱり聞きたいです。
できればケベックでも5回に1回くらいはフルバージョンで歌ってください。


もう一つなかなかないであろう体験しては、
「ノートルダム・ド・パリ」から「Florence フィレンツェ」。
これは、グランゴワール役とフロロ役のデュエット曲で、
ルネッサンス・大航海時代へと向かう時代背景を描いた曲です。

本公演では2人の歌手で歌うのですが、今回はもちろん1人。
この歌は彼のCDのメドレーの中にも入っていて、それも1人で歌っています。

しかし、今回は最後の歌いあげるデュエット部分で、
グランゴワール・パート・・・つまり主旋律ではないほうのメロディで歌いました。
主旋律なしで。
そう、本来ここはフロロの歌う旋律がメインなのです。

グランゴワール役だったブリュノは
昔ずっとこのサブメロディで歌っていたからお手のものなんだなあ、
と、最初は単にレア度に喜んでいたのですが、
よく考えてみれば、なかなか度胸のいることかも。

ノートルダムは、韓国で10年前にフランス語版が初上陸して以来の人気作。
皆がよく知っている主旋律を敢えて避け、副旋律のみで歌う・・・
ヘタに歌えば、主旋律で聞き慣れた人には違和感を与えかねない。
普通なら、まずやろうと思わないことかもしれません。
それをさらっとやってのけ、鮮やかに決めてしまう・・・。
小さなことかもしれませんが、そのセンスに改めて拍手です。


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正式なアナウンスから実際のコンサートまで3週間あまり、
そんな短期間でもブリュノはわざわざ韓国語のレッスンを受け、
コンサートのMCでは韓国語でもスピーチをしました。

ロシアコンサートに向けてはロシア語のレッスンを受けたブリュノ、
何度もロシア公演を行ううちに、随分上達したそうです。

上述の通り、通訳を準備していたわけですから、
敢えてブリュノ自身が韓国語で話す必要はありません。
それでも、英語+フランス語のMCを基本としつつも、
一生懸命現地の母語で何度もトークをするブリュノ。
単なる「こんにちは」「ありがとう」程度ではなく、きちんとした曲紹介。

これはフランス語でも英語でも話さなかったことなのですが、
「カテドラル」の曲の前にはブリュノは韓国語のみで
「これは僕の人生を変えた曲」と言ったそうです。

観客を喜ばせたい、というのはもちろんですが、
彼のほうからファンに歩み寄り、心を通わせ合いたいのでしょう。
あるいは、現地の人に対するリスペクトかもしれません。
真摯な姿勢、それでいてどこかユーモアを加えた表情やしぐさ。

スピーチに用意した紙が多すぎて途中で混乱したり、
一度だけブリュノが話しても観客がさっぱり反応せず
(基本的には喜んだり、何がしかの反応があったのですが)
あ、マズい通じてない、みたいな感じになったり・・・
・・・ということがマチネであったためか、
ソワレでは通訳さんに頼ることが増えた気がします(笑)。


「Le coeur est un oiseau 心は鳥」ではマチネでもソワレでも
ブリュノのフランス語→通訳さん韓国語という形での曲紹介でしたが、
ケベックと比べればかなり省略。もちろんおばあさまの泣きマネもなし。

・・・さすがに通訳さんを通じての三段落ちは無理だったね、ブリュノ!
(↑常にツッコミを忘れない関西人)


個人的には、とても頑張っている姿がかわいくて楽しかったというか、
「よくできました」の花丸ハンコを押してあげたかったです(^^)。


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Photo by GH E&M - 지에이치이엔엠

このコンサート中、舞台奥には大きなスクリーンが置かれ、
ブリュノやサントンジュさんがアップで映し出されていました。

歌っている本人の真後ろに映像があるので、
生の本人を見つつ、アップで細やかな表情もわかるというのは
大きな会場だけに、視覚的にとてもよかったです。オペラグラスも不要。


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ブリュノは最後を「Miserere」を感動的に歌いあげて、コンサートを終えました。

聞いた話では、当初2時間のコンサートで休憩ありの予定だったものが、
ブリュノが通してやりたいと言って、休憩なしになったそうです。
トータル2時間と決まっているなら、
休憩が入ると歌う曲数が少なくなってしまうからでしょうね。

ありがとう、ブリュノ。
あなたの歌は私たちにとって、最高の贈り物。
それを少しでも増やそうとしてくれた気持ちが嬉しいです。


またアジアに来てほしい。
韓国、台湾、中国・・・そしてできれば日本にも。


・・・私たちのための場所がある
・・・いつか・・・どこかに・・・



     ~ アジア初ソロコンサート・レポート 終わり~



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[2015/4/1]



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アーティスト・プロフィール
Bruno Pelletier

Bruno Pelletier ブリュノ・ペルティエ

カナダのフランス語圏ケベック州出身。3度の最優秀男性歌手賞の実績を誇る実力派歌手。ミュージカル「ノートルダム・ド・パリ」で人気を不動のものに。ロックからジャズまで幅広い音楽を豊かに歌いこなし、定期的に東欧でもツアーを行っている。

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